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土浦の考古学(上高津貝塚ふるさと歴史の広場)

 第10回 市内出土の黒曜石 


 黒曜石とは,マグマが特殊な条件で冷えて固まった時にできた岩石です。ガラスとよく似た性質をもち,割ると非常に鋭い断面が得られることから,旧石器時代から刃物として使われてきました。現在でも,その切れ味の鋭さから外科手術のメスとして使用されることがあります。また,熱を加えると発泡し(パーライトという),土壌改良剤や断熱材として使用されています。
 マグマからできた黒曜石は,火山地帯でしか産出しません。中でも,石器として利用できるほど質のよい産地は限られています(図1)。黒曜石は肉眼観察でもある程度の産地は分かりますが,蛍光X線分析装置を使い,元素組成を調べることで,どこで産出したものか特定することができます。近くで黒曜石が産出しない土浦市に暮らした人々は,遠くまで黒曜石を取りに行くか,物々交換で手に入れる必要がありました。こうした黒曜石の動きに注目することで,当時の人々の交流や移動の様子がわかります。
 図2は乙戸の谷ツ道遺跡で出土した,いまから2万5千年ほど前の旧石器です。槍の先端などに加工されています。1,2は長野県諏訪星ヶ台産,3,4は和田峠産で,5は栃木県高原山産です。旧石器時代の人々は,獲物を追って季節的に移動する生活を送っていました。黒曜石の入手も,移動ルートに組み込まれていたのかもしれません。図3は縄文時代の石の矢じり(石鏃)です。6~11は田村町の前谷東遺跡で出土した,縄文時代中期のもので,すべて神津島産です。12,13は上高津貝塚で出土した後晩期の石鏃で,和田峠産です。定住生活を送っていた縄文時代では,遠くまで石材を取りに行くというよりは,交換で手に入れていたのでしょう。土浦市域では,神津島産の黒曜石が,縄文時代中期にさかんに使われますが,後期以降には別の産地の黒曜石に変わります。土浦の縄文人たちは,時代とともに,「取引先」を変えたのかもしれません。
 黒曜石をめぐる人々の交流については,考古資料館の常設展示室「交易」のコーナーにて展示中です。

 『『『『『図1 本州の主な黒曜石産地』の画像』の画像』の画像』の画像』の画像 『『『『『図2 旧石器時代の黒曜石製石器』の画像』の画像』の画像』の画像』の画像 『『図3 縄文時代の黒曜石製石鏃』の画像』の画像
 左から「図1 本州の主な黒曜石産地」,「図2 旧石器時代の黒曜石製石器」,「図3 縄文時代の黒曜石製石鏃」

  ※『未来への伝承』(広報つちうら 平成28年11月上旬号)を一部修正のうえ掲載※

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上高津貝塚ふるさと歴史の広場 〒300-0811 茨城県土浦市上高津1843

電話番号:029-826-7111(直) ファックス番号:029-826-6088

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  • 【最終更新日】2017年11月1日
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