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観光・文化

土浦の考古学(上高津貝塚ふるさと歴史の広場)

 第6回 市内出土の亀ヶ岡(かめがおか)式土器 -東北地方との関係を示す形と文様-

 

 

読者の皆様は,亀ヶ岡(かめがおか)遺跡をご存知でしょうか? 亀ヶ岡遺跡は青森県つがる市に所在し,東京国立博物館に所蔵されている,遮光器土偶(しゃこうきどぐう)が出土したことで有名です。今回取り上げる亀ヶ岡式土器とは,この遺跡にちなんで名づけられた,東北地方を中心とする縄文時代晩期の土器群の総称です。美しく装飾された工芸的な土器で知られており,北海道の渡島(おしま)半島から東北地方全体で出土します。亀ヶ岡式土器の文様は,その分布圏を越えて,日本列島各地の縄文土器に影響を与えました。土浦市内でも,遠く東北地方で流行した形や文様を持つ土器が発見されています。

下坂田に所在する下坂田貝塚では,後期の貝塚とともに,晩期の遺構と遺物が見つかりました。(1)はそこで出土した注口(ちゅうこう)土器で,三叉文(さんさもん)という,亀ヶ岡式土器でよく用いられる文様が施されています。亀ヶ岡式土器と呼ぶにはちょっと厚すぎ,形も整っていませんが,東北地方の影響を強く受けていることは確実でしょう。

上高津貝塚C地点では晩期の住居跡や土坑が見つかっており,亀ヶ岡式土器も出土しています。(2)の注口土器は文様こそないものの,その器形は東北地方の晩期初頭から前葉の土器とよく似ています。底が欠けており,少し尖った底部だったと思われます。

神立平(かんだつだいら)遺跡は神立に所在する,縄文時代後期を中心とする大集落です。工場内の施設建設に伴い発掘調査が行なわれた結果,30軒の竪穴住居跡や199基の土坑が見つかりました。(3)は晩期の住居跡である第3号住居跡から出土したものです。口縁部と底部を欠損していますが,晩期中葉の壺と思われます。その薄さや縄文の細かさ,整った形は,本場の亀ヶ岡式土器と比べても遜色のないものです。

これらの土器は,縄文時代晩期の社会が閉鎖的なものではなく,人や物,そして情報の行き来があったことを物語っています。そして,これらの土器が出土した遺跡では,いずれも塩づくりに特化した土器,製塩土器が出土しています。当時,霞ヶ浦で生産された塩や塩づくりの方法は,遠く東北地方まで伝えられたのかもしれません。

『『土浦の考古学6』の画像』の画像
  (1)下坂田貝塚出土  (2)上高津貝塚C地点出土  (3)神立平遺跡出土
  ※「未来への伝承」 『広報つちうら』平成26年12月上旬号を一部修正のうえ掲載※

※なお、当館では亀ヶ岡文化をはじめとした東北地方の縄文時代を特集したフリーペーパー「縄文ZINE」第5号を配布中です※

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上高津貝塚ふるさと歴史の広場 〒300-0811 茨城県土浦市上高津1843

電話番号:029-826-7111(直) ファックス番号:029-826-6088

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  • 【最終更新日】2017年3月4日
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